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東京地方裁判所 昭和38年(ワ)1946号 判決 1964年3月26日

原告 佐々木健二

被告 国

訴訟代理人 小林定人 外三名

主文

東京都中央区銀座東三丁目一番地箱健梱包工業株式会社(現商号第一箱健梱包工業株式会社)の別紙目録<省略>記載の法人税債務に関する原告の保証債務が存在しないことを確認する。

訴訟費用は、被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、その請求原因として、次のとおり述べた。

一、原告は、東京都中央区銀座東三丁目一番地箱健梱包工業株式会社(現商号第一箱健梱包工業株式会社)の代表取締役であつたが、昭和三〇年一〇月二〇日頃同社の別紙目録記載の法人税債務について保証した。

二、しかし、右保証当時、別紙目録中昭和二四、二五年度分の法人税債務は、すでに納期より五年以上経過していたから時効によつて消滅しており、これについて、原告の保証は効力を生ぜず、またその余の法人税債務についても、別紙目録納期欄記載の日より五年の経過とともに順次時効により消滅し、最終の昭和二九年度分法人税の納期である昭和三〇年一月一〇日より五年を経過した昭和三五年一月一〇日をもつて、別紙目録記載の法人税債務について、すべて消滅時効が完成し、これとともに、原告の保証債務も消滅した。

三、しかるに京橋税務署長は、別紙目録記載の法人税債務に関する原告の保証債務が存在するとして、昭和三六年九月一一日及び同月一三日の二度にわたり、原告所有の不動産を差し押え、これに対する原告の再調査請求を同年一〇月一三日付で棄却し、東京国税局長も、昭和三七年二月一六日付で原告の審査請求を棄却し、もつて、被告は原告の保証債務の消滅を争つているから、その不存在の確認を求める。

原告訴訟代理人は、以上のとおり述べ、別紙「被告の主張」に対し、「第一項の事実中、昭和三一年一〇月三日の納付通知書発付及び昭和三三年六月一四日の交付要求の事実を否認し、その余の事実は認めるが、昭和三一年一二月一八日の不動産差押は、昭和三二年九月二七日の解除の結果、時効中断の効力を生じなかつた。第二項1の事実中『滞納税金を除く滞納会社の全資産、負債をその第二会社に譲渡し』との事実を否認し、『京橋税務署長が昭和三一年八月九日徴収猶予を取り消した』との事実は不知であるが、その余の事実はすべて認める。同項2ないし4の主張は争う。」と答弁した。証拠<省略>

被告指定代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は、原告の負担とする。」との判決を求め、原告の請求原因第一及び第三項の事実を認め、同第三項につき、訴外箱健梱包工業株式会社の別紙目録記載の法人税債務につき、すべて時効が完成していることは認めるが、完成の時期は昭和三六年八月九日であると答弁し、別紙「被告の主張」のとおり述べた。証拠<省略>

理由

訴外箱健梱包株式会社(現商号第一箱健梱包工業株式会社。以下、滞納会社という。)の別紙目録記載の法人税債務が、すべて時効の完成により消滅していることは当事者間に争いがないところ、被告は、主債務である滞納会社の法人税債務が消滅したにかかわらず原告の保証債務はなお存在すると主張し、その理由として、大要、次のとおり主張している。

すなわち、被告の主張によれば、主債務が時効により消滅したのは被告側の懈怠によるものではなく、訴外会社が解散し資産がなかつたため差押処分により時効を中断することができず、他に時効を中断する法律上の手段がなかつたことによるものであるから、このような場合には、主債務の時効完成前に保証債務につき時効中断の措置がとられているときは、その後主債務が時効の完成により消滅しても保証債務は消滅しないものと解すべきであり、仮りに、民事訴訟を提起することによつて主債務の時効を中断することができると考えても、かような形式的かつ徒労に帰すべきことの明らかな訴を提起するのでなければ保証債務の消滅を妨げることができないとすることは時効制度本来の趣旨に反するから、民事訴訟提起の手段があるということによつて右の結論を異にすべきものではない、というのである。

しかし、租税債務については、督促という時効中断の方法があることはいうまでもないところである(昭和二六年法律第七八号による改正後の国税徴収法第九条第一〇項、昭和二八年法律第一六三号による改正後の国税徴収法第九条第一二項、昭和三四年法律第一四七号による改正後の国税徴収法(以下新徴収法という。)第一七五条第一項等)。もつとも、国税徴収法の解釈上、すでに督促によつて時効を中断した後、改めて時効が進行するのに対して、もはや再度の督促によつて時効を中断することはできない(新徴収法第四五条第一項参照)との解釈をとる場合には、本件において、すでに督促が行われていたとすれば再度の督促によつて時効を中断することはできなかつたわけであるが、かような場合には、租税債務についても、給付又は確認の訴えを提起することができると解するのが相当である。けだし、租税債務については、国は、いわゆる公定力のある処分をもつて租税債務を確定することができ、民事訴訟法上の強制執行によるまでもなく滞納処分によつて租税を徴収することができるところから、原則として国の側から民事訴訟を提起する必要がなく、従つて、通常は、国の側から民事訴訟を提起する利益は否定されることとなるが、それは、公法上の債務が、その性質上当然に民事訴訟に親しまないことによるものではなく、右述の理由から原則として訴の利益が否定されることによるものと解すべきである。従つて、時効中断のためというような特別の必要がある場合には、国の側から民事訴訟を提起することはなんら妨げられないものと解するのが相当である。

以上に述べたとおり、国は、租税債務の時効中断の手段として、差押のほか、督促及び民事訴訟提起の手段を有するわけであり、そして、主債務が消滅することによつて保証債務が消滅するのは、保証債務の性質に基づくものであつて、主債務が公法上のものであるかどうかによつて、この点につき区別を設けるべきなんらの合理的理由もないので、本件において、仮りに被告主張のような事情が存在したとしても、それは、私法上の主債務につき時効が完成する前に保証債務につき時効中断の手段をとつていたにかかわらず、主債務につき催告又は訴提起等の時効中断の手段をとらなかつたため、主債務につき時効が完成した場合となんらえらぶところがないものといわねばならない。従つて私法上の債務についての右設例の場合に主債務につき時効が完成することによつて保証債務が消滅するものと解すべきである以上、本件についても、結論を異にする理由はないものというべきであり、右私法上の設例において、主債務者が無資力のため、これに対し訴を提起することが債権取立の上からは無益であることが明らかであつても、この手段を尽さないことによつて主債務につき時効が完成し、保証債務が消滅するとの結論を是認すべきである以上、本件においても、滞納会社の無資力のため訴を提起することが徒労、無益であるという理由によつては、訴の提起を怠つたことによつて生ずる効果の甘受を拒否する理由となるものでないことは明らかである。(被告は、主債務の消滅にかかわらず保証債務が消滅しない場合の事例として主債務者の人格が消滅した場合その他の設例をあげているが、成立に争いのない乙第七ないし第九号証によれば、滞納会社につき解散登記手続はとられているが、まだ清算完了の登記はなされておらず、同会社の人格は消滅していないから、本件の場合を主債務者の人格消滅の場合に準ずべきであるとするのは当らないところであり、その他の設例も、本件の場合に適切なものということはできない。)

なお、被告は、原告が主たる債務の消滅時効の完成を主張するのは、信義則に反すると主張するが、(イ)租税債務は消滅時効の完成により絶対的に消滅し、援用を要せず、その利益の放棄も許されないこと、(ロ)本件において主債務につき時効が完成したのは、原告が時効の完成をことさらに妨げたというよりは、むしろ、被告側の懈怠ないし法律の誤解により採り得べき手段をとらなかつたことによるものであること(ハ)租税債務の保証債務については、国は民事訴訟法上の手段によることなく自ら滞納処分を執行し得ること、以上の諸点から考えれば、本件において、原告が主債務につき時効が完成したことに基づき自己の保証債務が消滅したと主張することが、直ちに信義則に反すると解することも相当でないといわねばならない。

以上の次第で、原告の本訴請求は、理由があるから、これを認容することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 白石健三 浜秀和 町田顕)

別紙

「被告の主張」

一、訴外箱健梱包工業株式会社(以下滞納会社という。)の租税債務について消滅時効が完成していても、その時効完成に先だつて原告の保証債務について別途時効中断の措置が講じられ消滅時効が完成していないときは、なお保証債務は存続するのである。保証債務について時効中断の事績は次のとおりである。

年月日       事由

昭和三一年一〇月三日 納付通知書発行

〃年一二月一八日   不動産差押

〃三二年九月二七日  同差押解除

〃三三年六月一四日  交付要求

〃三六年九月一一日  不動産差押

〃三六年九月一三日  不動産差押

二、本件の場合保証債務が存続するとする理由は次のとおりである。

1 滞納税金中一に掲げたものを除く部分について昭和三十一年以降滞納会社に対して滞納処分を執行することができなかつたことは、次の事情によるものである。

滞納会社は東京都中央区銀座東三丁目一番地において梱包用木箱製造業を営むもので、原告を代表取締役とするいわゆる同族会社であつたが、昭和三十年十一月三十日滞納税金全額について訴外京橋税務署長に徴収猶予の申請をし、原告は徴収猶予の担保として保証をする旨を申し出た(昭和三四年法律第一四七号による改正前の国税徴収法((以下旧徴収法という。))第七条、第七条ノ二、昭和三四年政令第三二九号による改正前の国税徴収法施行規則第十一条ノ三)。同税務署長から徴収猶予の許可を得た滞納会社は、その猶予に基づく分納期間中である昭和三十一年五月三十一日突如、ひそかに解散したうえ(解散登記は昭和三十一年十月二十二日)、本店を豊島区居住の受任税理士高橋竜夫の自宅所在地同区長崎一丁目一八番地に移転し、商号を第一箱健梱包工業株式会社と変更するとともに右高橋竜夫が清算人に就任した。

一方、従前の商号により、同一株主をもつて、従前の本店所在地において所謂第二会社を設立し、滞納税金を除く滞納会社の全資産、負債をその第二会社に譲渡して事業を継続し現在に至つている。

滞納会社は、昭和三十一年四月頃から徴収猶予にかかる分納額を納付しなくなつたので京橋税務署長は、同年八月九日徴収猶予を取り消し(旧徴収法第七条ノ三)、保証人である原告に保証債務の履行を求めることとした。

昭和三十三年六月頃に至り、原告は初めて滞納会社が解散したこと及び本店所在地を移転したことを申し出たので、京橋税務署徴収職員は本店所在地、旧所在地につき調査をしたが、本店所在地は前記のとおり受任税理士の自宅であつて、もとより会社資産は存在せず、旧所在地においても滞納会社の全資産は第二会社に譲渡されていたので滞納会社の財産は遺留されておらず、滞納処分の執行は不能であつた(その後登記簿を調査したところ、昭和三十一年八月三十日にはすでに再び本店を当初の所在地である中央区に移転していた。)。

右のように、滞納会社の資産の欠乏により滞納処分の執行が不可能であつたので、保証人である原告に対して滞納処分を執行するほかなかつたのである(旧徴収法第七条ノ四)。しかるに当時原告はその固有の国税約三百六十万円を滞納していたにかかわらず、その所有財産のほとんど全部を訴外銀座不動産株式会社に譲渡してしまつていたため、徴収職員において鋭意財産調査に努めた結果原告の居住地外の区内においてその所有財産を発見し、昭和三六年九月差押を執行するに至つたものである。

2 主債務の消滅が、原則として保証債務の消滅をきたすことは、保証債務の附従性として説明されるところである。主債務の消滅が弁済、相殺等その債権の目的の実現によるものである場合あるいは主債務を生じた契約の取消解除等基本的法律関係の消滅によるものである場合等に保証債務が消滅すべきことは当然である。主債務の時効による消滅も、その時効完成が消滅時効制度本来の趣旨であるところの債権者の懈怠によるものである場合においては、なお保証債務の附従性の理論は妥当するであろう。然し、主債務の消滅が、その満足あるいは基本的法律関係の消滅以外の特殊な事由による場合、例えば主債務者の人格の消滅による場合には、保証債務が当然に消滅すると解すべきではない。さらに主債務の消滅が主債務者の資産の欠乏に基因するものであるときは保証債務の附従性は失われ、むしろ保証債務の担保目的すなわち主債務者の資力欠乏の場合において保証人がその全財産をもつて弁済の責を負うという、制度本来の機能が顕現すべきものである。このような場合には保証債務の附従性は消滅し、保証債務は主債務の消滅にかかわらず、なお存続するものと解すべきである(破産法第三二六条二項、破産法第三六六条ノ一三、会社更生法第二四〇条等は保証債務のこのような機能を明らかにしたものと解される。)

主債務者が死亡して相続人、相続財産ともに不存在の場合、主債務者たる会社につき破産手続が終結して、その債務を完済せずして法人格を失つた場合(大審院大正一一年(オ)第一五一号、大正一一年七月一七日判決、民集一巻四六〇頁、同批評松本丞治判例民事法大正一一年六八事件、加藤正治法学志林二五巻一号六五頁参照)、主債務者が死亡しその相続人が限定承認をした場合にその相続財産から弁済を得られなかつた債権があるとき(大正三年四月二五日法曹会決議、東京控訴院昭和一一年(ネ)第七七六号昭和一二年九月二五日判決、評論二六巻民法八四〇頁参照)等において保証債務が消滅しないことについては学説判例の等しく是認するところである。

これらの場合のように主債務者の資産の欠乏によつて弁済が得られないために債権者から保証人に対して請求をした場合にでも、その満足を得るに至るまでに時日を要し主債務にそいての消滅時効が完成すれば、保証債務について裁判上の請求その他の時効中断の措置を講じていたとしても、なお保証債務は消滅するものであろうか。これらの場合においては主債務につきさらに時効中断の措置をとることは法律上不可能でありあるいは事実上においても著しく困難であるにかかわらず、保証債務は消滅すると解することは時効制度の趣旨に照らして不合理であり、かつ保証制度の本来の趣旨に反するものである。

本件の場合も、右の諸例の場合に類似するものであつて保証債務はなお存続すると認めるべき場合に相当する。

3 本件において訴外会社の滞納税金について滞納処分の執行(それは同時に消滅時効中断の措置である。)をなし得なかつたことは前述のとおりであり滞納会社の解散後においては滞納会社の資産欠乏のため差押処分の執行が不能であつて、その他に時効中断のための法律上の手段が存しなかつたのである。すなわち本件のような事情にある場合においても一般民事上の債権については主債務者に対して給付または確認の訴を提起することによつて時効中断の措置を講じ得るのである。しかしながら租税債務の存在は行政処分である賦課処分によつて公権的に確認されており、その強制的満足のためには債務名義を必要とせず、かつ民事訴訟法によることなく、国税徴収法に依つて、国自らの行政機関によつて滞納処分を執行することができる租税債権について、その給付又は確認を求める訴を提起することはできないのである。されば、このような場合において、主債務者たる滞納会社についてやむを得ず時効の完成をきたしたとしても、その完成前原告の保証債務自体について時効中断の措置がとられた本件においては、原告の保証債務は存続するものと解すべきである。

かりに右のような租税債権の給付または確認の訴が許されるとしても、そのような形式的かつ徒労というべき手段を講じなければ保証債務の消滅を妨げえないと解することもまた時効制度本来の趣旨を逸脱したものであることは会社の債務と無限責任社員の責任とに関する東京地方裁判所昭和十一年九月六日判決(商事判例集一〇六頁参照)の趣旨によつても窺い知ることができる。

4 さらにまた本件滞納税金について滞納会社に対して滞納処分の執行が不可能となり、ひいては消滅時効の完成をきたさざるを得なくなつたことは滞納会社の納税回避のための作為的な解散、本店移転、会社資産譲渡等の一連の行為によつて惹きおこされた資産の欠乏に基因するのであり、そのことはとりもなさず滞納会社の代表者であつた原告の意図に基因するものである。

保証人は、主債務の履行を妨げず、主債務者に対する債権者の権利行使を妨げざるべき信義則上の義務を負うものであるにかかわらず(田島順債権法一五九頁)、滞納会社代表取締役であり、且一方においては滞納会社の保証人でもある原告の右の行為は明らかにその義務に反したものであるというべきである。

従つて原告が滞納会社の滞納税金について消滅時効が完成したことを主張してその保証債務の履行の責を免れることは信義則の点からみるも許されないといわねばならぬ。

四、以上のとおり原告の保証債務はなお有効に存続するものである。

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